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2019.10.08

3)特許行政年次報告書から – その3

筆者の夏バテもあり(汗)すっかり更新が滞ってしまいましたが、標題の報告書からもう一点だけ、わが国の異議申立にふれておきたいと思います。

異議申立ての妥当な件数はどの程度か

2018年に特許登録された件数は194,525件です(報告書の本誌3頁)。他方、2018年に異議申立てされた件数は、権利単位で1,075件です(同39頁)。これらから「異議申立率」(※)を計算すると、約0.6%になります。

※ 特許登録から異議申立てまでの間にタイムラグがあるので、上記の登録件数と申立件数は厳密には対応していませんが、ここではおよその傾向をみるために計算しています。

ちなみに、2017年、2016年のデータについて同様に計算しても、それぞれ約0.6%です。つまり現行の異議申立制度では、登録された特許およそ180件当たり1件の異議申立てがされる状況が続いているわけです。

比較の対象として、欧州の異議申立て状況をみてみましょう。欧州特許庁(EPO)がウェブで公開しているアニュアルレポート2018年版によれば、異議申立率(opposition rate)は3.2%とされています。登録された特許およそ30件当たり1件の異議申立てです。日本に比べるとかなり多いです。

異議申立制度の利用状況として、どちらが、しっくりくる数値でしょうか・・。

異議申立て後の妥当な維持率はどの程度か

次に、異議申立ての結果に注目してみると、2018年のデータでは取消決定(一部取消しを含む)が150件、維持決定が1,006件で(本誌39頁)、維持率は87.0%です。大部分の特許が、異議申立をくぐり抜けて生き残っています。

異議申立の手続き中でクレーム(特許請求の範囲)が訂正される場合もあるので、結果として維持決定がされても異議申立側としては目的を達成できているという案件もそれなりに含まれてはいるでしょう。それにしても、異議申立側にとって、取消決定に持ち込むためのハードルは相当高いといわざるをえません。

ちなみに、過去2年のデータについて同様に計算すると、維持率は2017年は89.4%、2016年は92.1%です。これを「多少なりとも年々、異議申立の審理判断が(特許権者側に)厳しくなっている」と評価すべきか、「この程度は振れの範囲(ざっくりいって維持が9割でしょう!)」と評価すべきか、微妙なところかと思います。

改めて欧州の異議申立データと比較してみます。アニュアルレポート(前出)によれば、2018年の結果として、登録時クレームのまま維持された割合(upheld as granted)が32%、クレーム補正後に維持された割合(upheld in amended form)が41%で、維持率は73%といえます(なお2017年の結果でも73%です)。ひとことでいえば、日本は「維持が9割」、欧州は「維持が7割」ということになります。

これもまた、どちらが、しっくりくる数値でしょうか・・。

異議申立制度の望ましいあり方は

日本のように異議申立てしても(確率的にみて)取消決定に持ち込むことは非常に難しいという状況では、たとえ他者の特許が登録され、その審査判断に不満があったとしても、あえて異議申立てしようという意欲はなかなか湧かないでしょう。つまり「取消になりにくい異議申立制度」の下では、「制度が利用されにくい」ことになるように思います。

もちろん、日本の特許庁では多くの審査判断が適正に行われ、そもそも第三者が審査判断に不満を持つような事態が生じにくいのだ、という見方もありうるかもしれません。

しかし、審査判断に不満はあるけれど(あえて異議申立てするよりは)その他者特許の存在が現実にビジネスの障害になるまでは表立ったアクションは取らずにおく、という第三者の事例がそれなりに存在しうることも想像に難くありません。「潜在的な特許紛争の種」が数多く水面下に潜んでいる、ともいえそうです。そういう状況が知財業界にとって良いことなのか、もっと議論があってもよいかもしれません。

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