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2022.03.31

マルチマルチクレームの制限について -特許実務からの考察-

早いもので、もう年度末。明日(令和4年)4月1日からの特許出願ではマルチマルチクレームが制限されることになります。

特許庁が今月公表した資料(「マルチマルチクレーム制限について」;以下、単に「資料」といいます)に記載された例を借りると、特許請求の範囲が以下のような場合:

ここで請求項3(マルチクレーム)はOKだが、請求項4(マルチマルチクレーム)はNGで拒絶されるわけです。

マルチクレームとマルチマルチクレームの違いは理論的には明確でしょうが、個人発明家や中小企業などで弁理士を介さずに自ら特許出願したい方などにとって、すんなり把握できるものなのかどうか少々疑問が残ります。少なくとも当面はある程度の混乱が生じるかもしれません。

今回の制限を設けた理由として、特許庁の資料は「国際調和並びに審査負担及び第三者の監視負担の軽減の観点から」である、と説明していますが、元々の拠り所になった「産業構造審議会基本問題小委員会での議論」(令和3年2月3日の基本問題小委員会「とりまとめ」参照)では、もっぱら審査負担を軽減する目的が強調されています。そもそも後者で指摘されている問題点は:

「引用形式を採らない場合に記載される請求項の数(実質的な請求項の数)」が 1000 以上になる出願が約 5%存在しており、このような特異な出願によって、審査に過度な負担が生じている。」( 「とりまとめ」第1、1.(1)の「課題①」)

というものであり、請求項の数が多くかつマルチマルチクレームが多用された「約 5%」の「特異な出願」の存在が課題であったはずが、いつのまにか全ての特許出願に影響する制限の新設につながっているのは、どこかで論点がすり替えられたような印象もなきにしもあらずといったところです。

さて、特許庁の資料にも示された改訂後の審査基準の考え方によれば、審査の段階でマルチマルチクレームについては「制限に違反していますよ」という指摘(「委任省令要件」違反という拒絶)がされるだけで、新規性・進歩性などを含む他の要件については審査してもらえません。そして、マルチマルチを解消するクレーム補正がされた後、補正後のクレームについての審査で新たな拒絶理由が見つかった場合には、いきなり「最後の拒絶理由通知」が届くことがあります。

これらの取り扱いについては、審査基準の改訂(案)についてのパブリックコメントでも「厳しすぎる」という意見がかなり出されてますが、特許庁からは一歩も譲るつもりはない趣旨の回答がされています。

もう一つの注目点は、国際出願(PCT出願)については、マルチマルチクレームについても今まで通り国際調査(および国際予備審査)をしてくれることです。したがって、PCT出願では、たとえマルチマルチクレームを許容する欧州などへの移行を予定していなかったとしても、当初まずマルチマルチクレームを含む形で特許請求の範囲を記載しておいて、国際調査で少しでも情報量の多い調査結果が得られるようにしておき、国内移行の段階で(マルチマルチクレームが制限される国については)マルチマルチを解消するクレーム補正をするのが得策かもしれません。

ただし、例えばPCT出願をするつもりで準備を進めていたところ出願の直前に方針が変更になり、日本国内のみの特許出願をすることになった場合に、うっかりマルチマルチクレームを残したまま出願してしまう、といったミスも生じうるので、いずれにしても出願の前に慎重な確認が必要でしょう。

ちなみに上記「★請求項4」のマルチマルチを解消するクレーム補正として、特許庁の資料では以下の対応例が挙げられています:

ここでは請求項4を(マルチマルチではない)マルチクレームに修正しているところがミソで、この請求項4と、追加された請求項5とで、構成(A、B、C、D)について考えられる全ての組み合わせを網羅しています。もっとも現実の(より文字数が多く構文が複雑な)請求項について、このようなクレーム補正を常に確実に行うのは結構大変かもしれません。

よりシンプルな操作として、元の「★請求項4」を3つに分けて、以下のようにする対応も考えられます:

上記の「対応例1」に比べると補正後の請求項の数が1つ増える(そのため補正により増加した請求項の数の分だけ支払う審査請求料も増える)のですが、より安全な対応とはいえそうです。

さらにいえば「そもそも先行する請求項を引用しなければ、マルチマルチクレームの制限を避けられる」と考えれば、以下のような請求項もあり得ないではありません:

このように書くと、なんと請求項2つで、考えられる全ての組み合わせを網羅できてしまうわけですが、特許庁の資料によれば、このような事例に対しては「簡潔性要件」違反という別の拒絶理由を想定しているようです。

請求項の書き方(当初からの書き方・補正の仕方)は、最も重要な特許実務の一つであり、今後の特許出願の情況やそれに対する特許庁の審査運用がどのように推移するか興味深いところです。

参考資料:
マルチマルチクレーム制限について(説明資料)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/letter/document/multimultichecker/multichecker.pdf

ウィズコロナ/ポストコロナ時代における産業財産権政策の在り方 ―とりまとめ―
(令和3年2月3日 産業構造審議会 知的財産分科会 基本問題小委員会)
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/kihonmondai_shoi/document/210203torimatome/01.pdf

「特許・実用新案審査基準」改訂案に対する御意見の概要と御意見に対する考え方
https://www.jpo.go.jp/news/public/iken/document/220210_tokkyo-shinsakijun-kekka/220210_tokkyo-shinsakijun-gaiyo.pdf

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