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2021.09.28

「顕著な効果」について、若干の国際比較

以前の記事でも取り上げましたが、特に化学・バイオ分野でしばしば議論になる、発明の顕著な効果について、もう少し考察してみたいと思います。

この種の論点が取り上げられる知財判決は医薬分野のものが非常に多く、概要を把握するためにまず技術の詳細を理解しないといけない点がハードルになる場合もあります。その意味で、特許判例百選[第5版](有斐閣、2019年)に掲載の判例69(シュープレス用ベルト事件;平成24年(行ケ)第10004号)は、特許の技術内容が比較的シンプルであり、検討の素材として扱いやすいといえそうです。本稿は、この判例について、日欧米の比較検討を試みます。

判例の事案をざっくり説明すると、対象発明は、製紙プロセスで使われる「シュープレス用ベルト」の外周面のポリウレタンの材料として「ウレタンプレポリマーと、ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤」を用いたことを特徴とするものです。権利者はこの発明について、特定の硬化剤を用いることによってポリウレタンにクラックが発生することを防止できる(クラック発生防止)という顕著な効果を主張することで、特許は無効とはいえない(進歩性あり)とする知財高裁判決を勝ち取っています。

特許庁の無効審判では、主引例に記載のシュープレス用ベルトでポリウレタンに用いられた別の硬化剤は安全性が懸念されており、他方、副引例はより安全な硬化剤としてジメチルチオトルエンジアミンを記載していたので、両者を組み合わせれば本件発明は容易(進歩性なし)との判断でした。これを覆した判決により、一見容易とも思われるような発明が、顕著な効果を理由として進歩性が認められたわけです。日本での進歩性の審査基準(特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節3.2.1)でいう「引用発明の有する効果とは異質な効果」に該当するとの判断と考えられます。

この「シュープレス用ベルト」の発明については、日本に加えて、欧州・米国でも特許出願がされていますが、その記録をたどると興味深い結果になっています。

欧州出願に対しても、日本の特許庁と同様な理由で進歩性なしの指摘(拒絶理由)が一旦は出されますが、顕著な効果(クラック発生防止)の主張により、あっさりと覆されて、すんなり特許が成立しています。この欧州特許に対して異議申立もされましたが、無傷のまま(請求項の変更なしに)特許維持されています。

それでは米国ではどうだったでしょうか。米国出願に対しても同様の拒絶理由が出され、顕著な効果(クラック発生防止)の主張がされますが、これを米国の審査官は全く相手にしてくれませんでした。そこで、米国出願ではその後、請求項に数値限定(ウレタンプレポリマーと硬化剤との比率の限定)を盛り込むことで特許が成立しました。ただし、それだけでは権利として不足だったようで、さらに継続出願によって2つ目の特許も成立しています。後者では、請求項に「シュープレス用ベルト」が用いられる製紙装置の他の構成を特定することで、数値限定を含めることなく、権利化に至っています。

以上、同じ内容の発明に関する日米欧それぞれでの判断結果を挙げました。一例をもって全てを語れるわけではないですが、傾向は読み取れると思います。

欧州では、顕著な効果の主張が日本と同様にかなり有効でありうることが分かります。実際、欧州特許庁の審査ガイドライン(G-VII, 10.2)には「予期せぬ技術的効果は進歩性の指標とみなし得る」というポジティブな評価の方向性が明記されており、発明の効果についての考え方が日本とかなり近い印象を受けます。

他方、米国では顕著な効果を正面から主張しても厳しい傾向にあることが分かります。これは、米国特許商標庁の審査マニュアル(MPEP2145)に「他の利点(効果)を認識したというだけでは一応の自明性(進歩性)の反論にはならない」とネガティブな評価の方向性が明記されていることにも裏付けられています。日本の特許庁に提出した(顕著な効果の)議論を、そのまま翻訳して米国で提出しても無駄になる可能性が高く、請求項に構成(構造)に関する限定を盛り込むことが有効な対応策になりそうです。

初めから海外での権利化を希望するような発明については、日本で特許出願を準備する段階から、上記のような海外での審査判断の傾向をも念頭においた明細書を作成しておくことが望ましいといえます。

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